さて、題目に話しを戻して。。。
震災の後から、きっと、ずーっと、もし神さまがいるなら。。。もし本当に、神さまがいるなら、って思っている方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。
もし、神さまがいるなら。。。
人は超幸せな時には、あまりそのようには思わず、苦しい時、試練に会っている時には、そう考えませんか?
もし、神さまが本当にいるなら。。。
何故そのように思うのだろう?その多くの時は、自分が直面している問題が、自分の手には負えないとき。そして、二進(にっち)も三進(さっち)もいかないとき。
もし、神さまが本当にいるなら。。。
って本当に思いますか?
私たち、人間は、生命の誕生の不思議を見て、四季の花々の美しさに感動し、広大なる風景や自然の巧妙さに心打たれ、神さまがいらっしゃることを知っているはず。しかし、心のどこかで、ただ神さまの存在を認めておられないだけではないでしょうか?
もし、神さまがいるなら。。。
私は、弱いからクリスチャンになりました。生きることすらも、苦痛だった時に、神さまがみことば(聖書のことば)を通して、目に見えるものだけがあなたに必要なものではないよ、と教えてくださったからです。
今のあなたにとっては、親しかったお友達、家族のメンバー、ご自分のパートナー、あるいはかわいい子どもさんやお孫さんかも知れません。全ての財産かもしれない。。。。平穏無事な生活でしょうか。
残念ながら、あなたの苦しみをどれだけ私が理解しようとしても、限度があります。私にはきっとあなたの話しを聞くこととてを握ることぐらいしか出来ません。しかし、あなたの気持ちの細部にわたって、あなたのことを心にとめ、思っておられる方がいらっしゃいます。その方が神さまです。
神さまが遠くにいると思われる時も、ずっとあなたのそばに寄り添っておられます。どんなに苦しい試練にあっていても、あなたと共におられます。
イエス・キリストは、全ての人の罪を負って、十字架に係り、3日後に復活されました。キリストを信じる者に与えられるのは復活の力、罪の赦し、神の子とされる権利。そして、キリストを信じる時に、私たちは神の義とされる、と聖書に書いてあります。
クリスチャンとは、キリストを信じる者のこと。誰でも、初めからキリストを知っていた人はありません。しかし、キリストを信じることが第一歩となって、神さまがさらに多くのこととご自身を示し申してくださるのです。
今、あなたが不安に思っていることも、キリストが負ってくださるのです。キリストに、心のドアを開いてみませんか。
イエス・キリストのところへ来る、というのは宗教ではありません。あなたが何かをどれだけしたら、入信出来るというものではないのです。ただ。。。あなたご自身が、イエス・キリストをあなたの主として信じる(受け入れる)ことを決心されるかどうか、ということだけなのです。
******今日の聖書の言葉*****
人はパンだけで生きるのではなく、
神の口から出る一つ一つの言葉による。
(マタイの福音書 4:4)
空の鳥を見なさい。
種蒔きもせず、刈り入れもせず、
倉に納めることもしません。
けれども、あなたがたの天の父がこれを
養っていてくださるのです。
あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。
(マタイの福音書 6:26)
あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
神があなたがたのことを心配してくださるからです。
(ペテロの手紙第1 5:7)
イエスは。。。(中省略)民の中のあらゆる病気、
あらゆるわずらいを直された。
(マタイの福音書 4:23)
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