さて、昨日震災のことを書き始めて、説明も充分にせず、ただ書きっ放しで失礼しました。ママブログ、ということでお赦しくだされ。
震災から、私の周りで起こっていることですが、
神さまに関心がなかったかのような上司が、神さまの感情について話しをするようになったこと。これについては、彼は神さまについて関心がないことをこれまで装っていたのではないか、と思うようになりました。これまでも、私が教会のキャンプで有給を取りたい、というとき、私が無断かつ計画欠勤をしないように、夏の一定の期間は部署の中でも優先的にお休みを取らせてくれたりしていました。
我が上司でもこのような具合なので、きっと本当に多くの方が、いま「神」に興味を持っておられるのではないでしょうか!?
我が上司でもこのような具合なので、きっと本当に多くの方が、いま「神」に興味を持っておられるのではないでしょうか!?
上司の、石原知事に次ぐ、「神の怒り」表現でしたが、この言葉の中で注意したいのは、なくなった方々が罪を犯した、と言えない、ということ。仮にそうだとしたら、赤ちゃんが亡くなるのは理にかなわないです。また、もし、私たちが肉体の死がすべてにおける最終地点だと考えていたら、やはり人の死は悲しいものでしかありません。しかし、そうではありません。肉体の死の後にも、生きる、とすれば、この死は一定の期間会えないということにおける悲しみです。
残された者がいのちを託された者だとしたら、亡くなった方々は。。。天国で神の御用のために「いま」必要だった方々なのではないでしょうか。どちらも選ばれた者。
神さまは愛なる方であると同時に義なる方。
神さまの怒りは、イエスさまが十字架に係られた時に発せられた「完了した」という言葉とともに、納められているもの。しかし、私たち人類がそれでも罪の結果として訪れる死や病気、貧困、等に慣れてしまって、神さまが望んでおられた人間のあるべき姿を受け入れられないでいるから、神さまが怖い方、裁きの神、というイメージをとらえてしまっているのではないでしょうか。
囚われの身。
私たちは困難、苦しみを体験するとき、それをバネとして、成長する機会が与えられている。
今回お気づきになっていらっしゃる方も多いと思いますが、幾つかの全国版の新聞でも、被災地におけるクリスチャンの活動、祈り、についても何度も、何度も取り上げられています。そして、避難所を訪れる牧師先生たちが、避難されているクリスチャンの方々と聖書朗読、祈り、交わりをしているのを見ていた周りの方々が、救いに導かれている、ということも伝わっています。
どんな時にも、私たちには選択が与えられています。人生のつらい時にはフランクルの「夜と霧」を読む、と記しておられた女性の手記を目にしました。フランクルは、アウシュビッツを生き抜いた、ユダヤ人の心理学者です。彼は、強制収容所の中においても、どんな状況下でも、人が神に信頼することによって与えられる希望を目にとめている時、生きることが出来る、と解いています。同じ状況下にあっても、私たちは二つの選択が出来るのです。「良き神さま」を信じるか、信じないか。
聖書にはこう書いてあります。
なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。(ヘブル人への手紙12:10)
あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。 (コリント人への手紙第Ⅰ 10.13)
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あなたがいまのご自身がつらいと思っておられる状況から脱出したら、どうされますか?きっと神さまが同じような状況にいる人々をあなたの周りに集められます。そうしたら!あなたがはご自分の経験を持って、その方の痛みをともにし、神さまの愛を分かち合い、励ますことができる!いのちを分かち合うことが出来ますよね。
残されたあなたはやっぱり、いのちを託されたもの。生きよう!悲しくなったら、泣いてもいい。無理にがんばる必要なんてない。あなたの涙の重さは神さまが一番ご存知です。だから、神さまに近づいてみませんか?
しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。 (イザヤ書 40.29~31)
今日も訪れてくださってありがとうございます。
私は、明日の礼拝に備えて、お休みなさい、です。^^みなさまにとってよい週末となりますように。そして、日本中の、世界中の教会で、礼拝で、主の御名のみがほめたたえられますように。
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