2011年2月20日日曜日

仕事前の祈り

去年の夏の終わりから仕事から帰っても、なんだか気が落ち着かなかくて、ブログの更新を怠っていた私ですが、その理由を単に、仕事の量が増えたので、仕事で疲れているんだ、って思ってました。プロジェクトと責任とで、「もう辞めたい!」と思ったことしばしは、ちょっと仕事先でも、家に帰っても涙が出そうになることが数度あったり。

そんな時、私が忘れていることがあった、って今日の聖書の学びの時間に気づかされました。それは、いまの仕事に就く前には私はツアー・ガイドをしていてロスの市内観光を始めとして、日本からのお客さまをご案内する仕事をしていました。その時にまだクリスチャンになりたての私は、毎朝勤務先までの時間を祈る、ということを心がけていたんだよね。祈ってから仕事に取りかかると、これが本来内弁慶だった私なのか?と思うほど、言葉がスラスラでて来て、お話上手なお姉さん、になっていた。

いまの私は、というと、どこかで今日はこれをしなくちゃ、あれをしなくちゃ、なんて考えたり、息子の学校のことの予定の把握とかで、仕事前に祈ることをしてなかった。もちろん祈りの時間の長さのことだけではないけれど、祈っていなかった。

いまの仕事だって、神さまから与えられたんだ、という自覚すらも薄らいでいた。だからね、初心に戻って祈ろうと思うの。会社で単に仕事をする、というのではなくて、私の仕事場が聖別されますように、私の仕事を通しても神さまの栄光が表されますように。

この祈りに関しては、結婚をする前につきあっていた、ミュージシャンの人から教わりました。彼はコンサートの1時間前は、誰とも話さず、ただ、ただ祈っていた。私はこの人から、人生で初めて祈りの大切さを学んだのです。

そのあとだって、牧師先生や牧師婦人を通しても祈りの大切さを学んでいた。なのに、どこかで自分の頭で計算していたのかな、って、振り返るとそう思う。いまの仕事に就いてから、もう11年目。長い間の時間ミスして来たかも。初心に返ろう。

それに、今日のミーティングで男子リーダーから「今週のアクションプランは何ですか?」と問われ、本当にハッとしたの。きっと教会のこと、伝道のこと、今日自分が何をするか、するべきか、って云う時間の枠に当てはめてこなかった。これって、サタンに覆いをかぶせされていた、ってこと???

生活の中で、深呼吸が出来なくなったら、一休み。
教会に行ってみよう。
聖書を読んでみよう。
祈ってみよう。
ジーザス、って叫んでみよう。

お母さんの心がすっきりしていないと、子供に笑顔で接することが出来ないものね。心がカリフォルニアの空のように晴れていないと、ね!特にクリスチャンなんだから!このことは、神さまの愛に飛び込んだら、心を入れて信仰によって受け入れるだけなんだ!

明日天気にな〜れ!じゃないね。いま、もう天気のはずなんだから!

明日は、ジョージ・ワシントンの誕生日で、会社も息子の学校もお休みだから、気合い入れて掃除するぞ!(^^)お家の中も晴れるかな!


****今日の聖書の言葉******

明らかにされたものはみな、光だからです。
それで、こう言われています。
「眠っている人よ。目をさませ。死者の中から起き上がれ。
そうすれば、キリストが、あなたを照らされる。」


          (エペソ人への手紙 5:14)

*******************

これだ!私たちは、いや、私は光の子だ!既に義とされた者である!
ハレルヤ!今日も神さまの恵みの中で生かされていることに感謝しつつ!訪れてくださったみなさんにも感謝しつつ。そしてあなたの上にも神の恵みが豊かにありますように♡

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