2011年3月9日水曜日

罪のない世界があるとしたら。。。

コンバンワ!今日もロスは春らしくてぽかぽかした一日でしたよ。なんだかロスは桜が先週あたりが見頃だったとか。桜並木まではいかないけれど、数週間前に数本の桜を見て、お花見は楽しませていただきましたので、まぁ良しとします。^^

でも、ロスはこれからいろいろな花が楽しめる時期になりましたよ。またお花情報は順にお伝えすることにして。。。。しかし、沢山の種類の花や木をデザインしてくださったのも神さまだったら、本当に神さま粋な方だなぁ。一つ一つの創造物に、いろいろな工夫がこなしてある。そう思えませんか?

今日のパサディナの風景です。夕方、息子の学校へお迎えに向かう途中です。



水曜日は仕事の帰りに息子のお迎えをしてそのまま教会へ直行です。牧師先生が導いてくださっての聖書の学びがあります。いま、出エジプト記を学んでいます。モーセとアロンの違いから、人間的な愛と神さまにある愛の違いを改めて考えさせられました。

朝は週末のメッセージの余韻で(?)、初めの人間が、神さまの愛をしっかりと理解していたら、罪は人間の中に入ることはなかったのだろうか。と思わされていました。これは土曜日のメッセージの中でも牧師先生から投げかけられた問いでもあるんですけどね。もし、この世に罪が存在しなかったら。。。

罪の結果としてくるもの、死、病気、不仲、不一致、争い、貧困、不必要な恐れ、恐怖、等、様々な、人間にストレスを与えるものが存在しないかもしれませんね。はっきり云えば存在することが出来ないのではないかな。

罪が存在しなければ、み〜んな神さまから出て、そのまんま神さまの子でいられる訳ですよね。そんな世界があると良いな。いのちが神さまから与えられるものであるなら、そのいのちから離れなければいい。

でも人は、自分で善悪を判断し、自ら善悪を決め、神さまから離れる時がある。嘘や盗みや、行動による罪以外にも、神さまから離れることは罪。自分がそうしていることに気づいたら、神さまのところに戻ればいい。自分の心がなんだかスッキリしなかったら、神さまのところに来たらいいよ。

神さまはね、あなたが戻ってくるのを待っておられるよ。

痛ましい事件が多い中で。。。。罪のない世界があるとしたら。。。。。痛ましい事件等はあり得なくなる。罪がないとしたら、自分の利益だけを求めて生きる人はいないはず。人々が愛し合い、助け合い、励まし合い、そういうことが自然と出来る。それは地上に神の国が来た、って云うことなんだろうな。病気の人が癒されること、そこに神の国がある、ってこと。苦しんでいた人が、苦しみから解放されること、神の国の到来。そして創造した方にある等身大の自尊心が持てるところも、やっぱり神の国なんだ。

*******今日のみ言葉******

  イエスは彼に言われた。
 「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
  わたしを通してでなければ、だれ一人父のみもとに
  来ることはありません。」
            (ヨハネの福音書14:6)
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