2011年3月21日月曜日

この喪失感

東日本大震災の起こった日、3月11日(米国時間では10日)から、もはや世界は地球単位で悲しんでいます。多数の映像で私たちは心を痛め、悲しみを共にし、心合わせて祈っています。

今の時代は、映像が私たちの身近にある故に、喜ばしいことも悲しいことも、ことが起こってから一瞬にして世界の裏側にいても、知ることが出来ます。

逆にそのために、今回の大震災のあと、被災地とはゆかりのない人々も、喪失感に襲われています。

先週、クリスチャンである友人を含めて数人の方から「生きるのって、大変よね」と発言されるのを聞きました。

生きるの、って大変ですか?

私もかつては生きるのって大変だと思っていました。でも今はね、私の中におられるイエスさまが、私を生かしていてくださる!という事実に目を留めることにしています。そうすれば、生きることは簡単です。ある意味自分の責任ではなくなるのです。全てのことは主の御手の中に。頭で理解できなくても。聖書が言っているからです。

人間は弱いものです。私も鬱と自死願望を往復する生活を送っていました。でも、そんな私がキリストにあって、励まされ、強められ、生きることを喜びとしている!

大震災の映像やニュースが頭から離れません。祈るべきことだからでしょう。でも、そこから、喪失感が襲ってきそうになる時(今の私でも、まだこういう状態です!)、あえて追い払うようにしています。

それは、スズメがあなたの頭の上を飛んでいるとします。あなたの頭に巣を作ろうとしているスズメがいるとして。。。あなたはスズメを追い払いますか?それともスズメちゃんにどうぞ、と頭を譲りますか?

不安、恐れ、この喪失感は、まさに頭の上を飛ぶスズメのようです。それをあなたが追い払うなら、スズメは巣を作ることがないでしょうし、もしそのままにするなら、スズメは喜んで巣を作るのではないでしょうか。

先週からの牧師先生からの宿題で「私はキリストにあるいのちにあって支配する者です!」と朝、夕告白しています。私の場合鏡に向かって告白しています。パワフルですよ。みことばの真理によって励まされています。誰がそのことばを発するのか?私自身ですね。

喪失感、不安、恐れがあってもいい。追い払ってみよう。もし自分で出来なければ、信仰のともに助けを求めてみたらいい。でも、自分でしなければいけないこともあるよ。自分が信じているみことばに立って、神のことばを発してみよう。

私たち一人一人は弱いものかもしれないけれど、神さまが弱いところに働いてくださって、強くしてくださっている。そして、頭で理解できなくても、励ましのみことばを朝夕と発してみたらいい。私自身、宿題をこなしているこの約10日間でずいぶん強くなったと思う。喪失感が頭の周りをチラチラしても、追い出せる。

がんばれ、ってことばは負担になるかな。でも、祈っています。この時にあって、キリストにある家族が、愛を持って支え合い、行動できることを。

*******今日の聖書のことば**********

   主はみことばを送って彼らをいやし、
   その滅びの穴から彼らを助け出された。
              (詩篇107:20)




  「闇の中を歩む民は大いなる光を見、
   死の陰の地に住む者の上に光が輝いた。」
              (イザヤ書9:8)


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今日も訪れてくださってありがとうございます。どうぞ、あなたや、あなたのご家族、あなたの周りの全ての人の上に神の光が輝きますように。また神にある平安がともにありますように。


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